菱信工業株式会社 冷凍・空調装置の販売、設計、施工、メンテナンス

会社情報

送風機の整備は、菱信工業にとって新分野の仕事でした。冷凍機の回転体の技術を見込まれて、
未経験ではありますが、お客様からご依頼を頂く事ができました。
新分野の仕事に不安はあまり感じませんでした。
昔の冷凍機に全く同じ構造をしているタイプがあったので、手順は一緒だろうと思っていました。
ただ空気を圧縮するか、冷媒を圧縮するのかの違いだと思っていました。
昔の現場を彷彿させるような、なんだか懐かしい感じさえありました。
ところがいざ初めて見ると、機械の形は一緒なのですが、使用工具が違いました。
その頃はまだ会社に専用工具が充分に完備されていなかったので、あれが足りない、これが足りないとなり困りました。
しかし「乗り越えられない壁」はないと思っていたので、悩むことはありませんでした。
冷凍機の整備の時も、工具は代用して使っていましたから、いろいろと工夫を凝らして乗り越えました。
私より上の世代の先輩方はもっと工具がない時代に、
臨機応変に対応していた姿を近くで見て学んでいたので「なんくるないさー」と思っていました。

整備も順調に進み、綺麗に塗装した送風機を見て、少し安堵を感じていました。
あとは、試運転調整がうまくいったら完了です。
しかし、次の瞬間、異音が発生しました。冷凍機ではこのようなトラブルは一度もありませんでした。
油1滴でも洩れたら一からやり直しをします。今回の原因は羽根車と高速軸のアンバランスでした。
回転体は同じでも、軸が長く、1点のバランスではだめだったことがわかりました。
緊急対応で工期が1ヶ月も延長、0からのやり直しです。
工期も伸び、他の工事と重複し人も足りない状態だったので、協力業者さんにお願いする状態が続きました。
元通りに収めて送風機が安定運転するまでは、ドキドキしましたが、
送風機が静かに起動した時は、本当に嬉しかったです。
やり遂げたという感じでした。

私の父は調理師でした。
小さい頃は調理師になりたいと思った時期もありましたが、
小さい頃から機械いじりが大好きで壊れた物を直すのが楽しいと思っていました。
人が作った物が壊れて、それを自分が直せることがすごく嬉しかったことを覚えています。
高校は工業科に進みました。
工業高校は男子ばかりだったので、専門学校は女子の多い「製図技術課」に行こうと決めていました。
ところが、事前面接で面接官に「貴方は、建築設備課がいいですよ」と勧められ、言われるがまま建築設備課に入学しました。
そうして名古屋での生活がはじまりました。
一度始めたらやり遂げる性格もあり、親がお金を出してくれた学校でもあるので、
建築の事は一からですが、2年間、「建築設備」について学び、菱信工業に入社しました。
今思うとあの面接官(先生)が建築設備課を勧めてくれたから、今の自分があると思ってとても感謝をしています。

昔は、現場には必ず2人で行っていました。そうして先輩の姿を見て学ぶのです。
今は人手不足もあり、1人で現場に行くことが増えました。
協力会社さんと行くので、仕事はこなせますが、技術の継承という点では難しくなってきていると思います。
しかしよくない事ばかりではありません。
私も30歳後半くらいから1人で大きな現場に行くようになりました。
朝礼でマイクを持って話をしなくてはいけないこともあり、恥ずかしい気持ちもありますが、度胸もつきました。
また、どんなトラブルがあっても、何とかして運転しなくてはいけないという強い使命感が芽生えました。
毎回考えながら、先輩の姿を思い出し、これからも最善の判断をしていきます。

また、私は少し前まで西部支社へ転勤しておりました。
そこで感じた事は中部支社と西部支社でタッグを組んで技術を統一していくことが大切だという事です。
営業所によってカラーがある事も大切ですが、同じことを伝えづらくなっているように思います。
今後の私の大きな課題の一つです。
今後、教育はますます必要になってくると思います。新入社員にわざと失敗の経験をさせてみる。
今は工具も本当に良い物が揃っていますが、ない状態で今ある工具で代用する。知恵と工夫を養うようにする為です。
最近はなかなかそういう経験を現場ではできないので、研修に取り入れることを検討しています。

仕事のやりがいは、いろいろなお客様とお話しができる事、そして喜んでもらえる事です。
休日には、会社の上司や同僚と、サイクリングに出かけます。
自然と一体になれてとても気持ちがいいですよ。
私達の仕事は、決して目には見えないですが、「快適空間」という五感で感じる「気持ちよさ」をお届けできる事だと思っておりますので、
これからも皆さんに喜んでもらえる仕事に誇りをもって、頑張りたいと思っています。

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